学生への研究指導方針

基本方針
学生自身のキャリアプランを最優先事項として適切な指導を選択します。 典型的な例を二つ挙げます。
例1:修士課程修了後特定の業界で技術職として働くというキャリアプランを想定します。 この場合、就職に関するイベントに最大のプライオリティを置き二年間のスケジュールを組みます。 これは説明会や面接に限らずインターンシップ等も含みます。 また、研究テーマは可能な限り志望業界と関連があるものを提供します。 優先順位に基づき組んだスケジュールから研究に割ける時間を考慮し、段階的なゴールを設定した上で研究を進めることになります。 進捗が想定と比較し遅れている場合は具体的な内容に立ち入った指示を行い、就職活動に差し障らず学位を取得できるよう最大限配慮します。
例2:修士課程修了後博士課程に進み、学位取得後研究職として働くというキャリアプランを想定します。 この場合、博士課程を見据えて修士課程のスケジュールを組む必要があります。 例として日本学術振興会の特別研究員(DC)に申請する場合、博士課程での研究計画などを早めに固める必要があります。 そのため、当面の研究課題にエフォートの全てを割くのではなく、その後の展開をより意識した形で時間を使うことになります。 また、研究テーマも必然的に結果の予想しにくい挑戦的なものとなります。 博士課程修了者に求められるものの一つは創造力であるという事実を鑑み、 立ち入った指示は研究が進むにつれて減らしていきます。 ただし、むろん行き詰まることの無いよう最大限配慮します。
あくまでも上記は典型例であり、終身雇用が必ずしも一般的でなくなったいま、多様化するキャリアパスに対応するためには指導方針に柔軟性が求められるとも認識しています。 また、キャリアプランの決定に必要な情報が揃っていない場合も多いと思います。 例えば、学部生は研究の経験が無いため進学の判断のしようがないというのは当然のことです。 いずれにせよ指導方針は流動的なもので、それぞれの学生に最適となるやり方を探っていきます。

習得が期待される能力
以下の能力を伸ばすことを目標とした指導を行います。
1.数理的な専門学力
笹原の研究は数理的アプローチを用います。 私の理解では、「数理的」とは、考察の対象となる舞台を定量的に表現(モデル化・情報化)し、注目している性質や現象を構成要素間の演算によって導出(分析)するという意味になります。 そのためには既存の数理的枠組みにおける諸概念が必要ですから、研究を進めていく過程で専門学力も同時に得られるよう指導を行います。 なお、数理的アプローチは近年隆盛を極めるデータ科学との相性も抜群で、実利的にもつぶしが効きます。
2.実践能力(コーディング等)
数理的な検証を重要視するとはいえ、実問題はモデル化しきれない多様性と複雑性に満ちています。 そのため、十分に実践的な環境での検証も同時に行い、結果の普遍性および次の研究課題を検討します。 通常このプロセスは計算機によるシミュレーションで行うので、モデル化した環境および提案する枠組みを表現するためのプログラムを書くことになります。 こういった経験は数理的な解析能力に留まらず実践的な開発能力につながることが期待されます。
3.プレゼンテーション能力
研究成果を発表することは社会的に極めて重要なことであり、研究を進める過程で学生にも多くの発表の機会が与えられます。 指導教員への一対一での進捗報告に始まり、研究室全体でのミーティングや卒論発表での他の教授陣へ向けた発表、また場合によっては学会発表も行います。 それぞれの機会で折に触れて発表に関する指導を行い、プレゼンテーション能力を磨きます。
4.英語力
言うまでもないことですが世界はグローバル化、すなわち人や物の地理的な垣根を超えた流通が容易となっています。 幸か不幸か日本は言語の壁が厚いため実感が薄くなりがちですが、私がスウェーデンで仕事をしていたとき、様々な競争の国際化およびそれによる恩恵を肌で感じました。 現地の大学院生のうちスウェーデン人は2割程度であり、ヨーロッパ他国・中東諸国・アジア各国から学生が集っていました (注意として、スウェーデンでは大学院生は給料をもらう立場であり、厳しい選考を経て勝ち取るポジションです)。 彼/彼女らの多くが修了後EUによる各種自由化の恩恵にあずかり欧州の有望な企業へ就職していくのを間近で見ており、人材の国際的自由市場を目の当たりにした思いでした。 そして、その開かれたチャンスを掴むための大前提が英語になります。 研究は世界的に行われており、成果は基本的に英語で発表されますから、先行研究を調べることは英語力を鍛える絶好の機会です。 また、国際会議での発表のために口頭での英語力を鍛えることもよい目標となると思います。 さらに、学生が留学等を希望する場合は全面的に支援し、国際的な人材の育成に努めます。
Ex.創造力
研究とは事実の発見のみならず、社会で共有される問題を解決し、新しい価値を提供するプロセスでもあります。 これはまさに創造的な仕事に要求されることであり、研究は創造力を養うための格好のトレーニングとなります。 抽象的で獲得することが最も難しい能力ではありますが、後天的に養うことが可能であると私は信じており、そのための指導を行うよう努力します。

研究の進め方
自らの力で計画を立て研究を進めたい、というチャレンジはむろん歓迎です。 しかしややハードルが高いのも事実なので、各々の希望を聞いた上で簡単な研究計画書をこちらが用意し、その詳細を詰める形で共に計画を立てていくことを基本線とします。 例としてこちら(PDFファイル)をご覧ください(英語ですが日本語のものができ次第差し替えます)。 これは笹原がスウェーデンにいた頃に(非公式に)学生を指導したときの研究計画書のドラフトで、背景・先行研究・問題・アプローチ・予想・段階的目標を簡潔にまとめています。 立てた計画に基づき各種の節目(卒論発表等)を意識したスケジュールが組め次第、実際に手を動かして仮説を検証していきます。 行き詰まることの無いよう、一週間程度の間隔で定期的にミーティングを行い、進捗・結果・課題について議論します。 成果は卒業論文としてまとめますが、各々のキャリアプランに反しない限り、(国内・国際)学会発表および論文誌での発表も奨励します。 発表先としては、例えば計測自動制御学会制御部門IEEE Control Systems Societyが代表的なものになります。

研究のための前提知識
研究ビジョンに記してある通り、形式的に検証可能な形で結果を表現する点に重きを置いており、 実際の研究は数理的手法に基づく演繹的な解析が主となります。 そういった事情から、基本的な数理(例えば線形代数・確率統計・凸最適化・ゲーム理論・制御理論・意思決定論)に慣れ親しんだ方は相性がよいと思われます。 工学部としてはアドバンストな枠組み(例えば位相空間論・測度論的確率論・調和解析・確率過程・関数解析)を利用することもあり、そのあたりの議論が好きであれば研究に活かすことも可能かと思います。

とはいえ、未知の事柄を調べるという研究の性質から大学の教員でさえ日々新しいことを学びながら研究を進めるので、学生も都度勉強していくという形になります。 むしろ重要なことは必要な知識の把握や調べ方等のある意味でのメタな能力かもしれませんので、そのあたりは研究を進めながら養うことが適切かと思われます。

最後に
以上は笹原個人の指導方針であり、研究室を主宰する先生の指導方針とは必ずしも一致しない部分があるかもしれません。 他にも大学としてのカリキュラム・ポリシーやディプロマ・ポリシー等も絡みますので、実際にはそれぞれの折り合いをつけて指導していく形になります。